2007年 24時間耐久レースレポート ~その1~

「すでにハブのガタが出だしたよ(´Д`;)」






2007年6月2日1800時、私の携帯にそんなメールが届いた。
メールを送ってきたのは24時間耐久レース参戦チームのチーフメカニックを勤める@大氏からだ。







この時私はまだ会社にいて、ちょうど帰る準備をしているところだった。



この日、パルサーGTI-Rオーナーズクラブの有志メンバーで編成された”24時間耐久レース参戦チーム”は早朝から福島県二本松市にあるエビスサーキット西コースで開催されている24時間耐久レースにエントリーしていた。



そして、私も仕事が終わり次第タントで現地に向かう予定だった。




24時間耐久レースのスタートは1600時。



スタートして僅か2時間程度でフロントハブにガタが出ている!?
正直、現地の様子が把握出来ていなかったので理解しがたいメールの内容だった。




エビスサーキットで行われる24時間耐久レースでは、スタートして10時間経過後に1時間のピットストップが義務付けられている。
当初の予定ではそのときの整備でフロントハブを交換すれば、24時間走り切れる計算。




しかし、スタートして僅か2時間程度でフロントハブがダメになるのでは、フロントハブを2度交換しなければならなくなる。





”予備のフロントハブは1セットしか持っていってないはず・・・・”





私がこれから現地に向かうというのに、現地に着いたらコース上から自分のチームのレース車両がいなくなっているのでは堪ったものではない。
私は励ます意味も込めて
「泣き言なんて聞きたくないね。
 とにかく私が到着するまで車をコース上で走らせといてくれ。」
と少々キツイ返信をした。






会社を出てすぐに首都高に載ると、今度は@親方から電話がかかってきた。




「ごめん!
 寝板とブレーキローターを忘れて来ちゃったから工場に寄って持ってきて!」












・・・・・・・・・・・。










マジッ!?







首都高から東北自動車道ルートを使えば会社からエビスサーキットまで約4時間半。
それが茨城県築西にある@親方の工場経由で行くと・・・・・








とにかく出来る限り急いで行くしかなかった。












私が@親方の工場経由でエビスサーキットに向かっている時、現地ではさらに次の問題が発生していた。











私が現地に到着したのが日付も変わった6月3日の0100時を過ぎた頃だった。






まずピット裏にタントを停め、工場から持ってきたブレーキローターや寝板を下ろしているとチーフメカニックの@大氏が手伝いに来た。






「おいちゃんが来るまでちゃんと約束通りコース上に車を走らせといたよ。これで俺の役目は終わったろ?」
と@大氏が言ってきた。
私は、
「あぁ、ご苦労様。だから今度はちゃんと車がチェッカーフラッグを受けるまで頑張ってくれ。」
と応えた。
「おいおい、約束が違うよ!」
と@大氏が言ったので私は、
「契約は自動更新なんだ。言わなかったっけ?」
と笑いながら応えた。



「おっさん!ずりぃ~よ!!」
「つべこべ言わずに最後まで付き合えって。」



お互い笑いながらそんなやり取りをし、ピットへ荷物を持って行った。





荷物を降ろしタントを第2パドックに停め再びピットに戻りホームストレートで各レース車両の走りを見ていると、各メンバーから次々とやってきてそれまでの報告が告げられてきた。





そしてGTI-Rがホームストレートを走り抜けると同時に、エンジンが不調であることが告げられた。





私たちの前を走り抜けていくGTI-Rの排気音はまさにスバルのボクサーエンジンのような”ボロボロボロボロ・・・・”という音に変わっていた。






その時点までの対処として点火系の部品、スパークプラグやプラグコード、デストロビューターまで変えたという。
しかし、エンジンの不調子は変わらないままだった。







6月3日 0200時



私たちのチームはどこのチームよりも早くスタートから10時間経過した時点での1時間のピット作業に入ることを決定した。





                          
                               つづく
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  by pulsar_14 | 2008-05-06 17:16 | 報告

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